2015年9月25日金曜日
Google+の画像切断は個人主義を見下し、暴力的に否定する結果だ
即ち、それが差別。
この画像が更に切断され、或いは掲載されなければ、Google+への投稿は最後の1つを残し、停止し、折をみてアカウントを削除する。
再三の問い合わせに対応もできず、人格破綻者のように引きこもったまま。
唯一の生体反応は、システム的で機械的な、こっちへのログアウト処置。
日本を、むしろ牛耳ろうと諮る低俗・朝鮮族への当然の反発を、米国が、ヘイトスピーチ、日本の差別主義に摩り替えたのは、自らの正当化のため。
が、その結果、増長した朝鮮族は、国連をも巻き込み、見境なく支那への同調を繰り返し、慰安婦像設置のご機嫌取りも間に合わず、米国にすら、貸す耳を持たなくなっている。
南鮮・竹島占拠に支那が関わるのは時間の問題だぞ。
この状況は、
イカレた米国の差別主義に迎合する安倍らも含め、そこに道理が無いことの証明だ。
Google+の画像切断は、Bloggerを含めた他サービス連携によるサーバー容量確保策、っていう声がある。
実際、直接投稿した、こっちの画像は無傷。
が、
一向に問い合わせに応じないGoogle+へ、勝手な妄想で諂うなど、安倍と一緒。
冗談じゃねぇよ。
返答がない以上、こっちは悪意と受け取る。
一世を風靡したような五輪エンブレム。
でも、
実際には、五輪シンボルというべきなんじゃないか?
エンブレムとは、より神聖で、より厳格で、より個人的なものであるように思う。
つまり、報国チラシ。
それを公に切断し、晒し続けるGoogle+に、許容の余地はない。
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